品種や血統書の有無でペットを誇らしげに語る人は少なからずいらっしゃいますが、全てのペットは平等に愛されるべき存在でありそこに上下関係があっていいものではありません。
公の場でペットの生まれ育ちを自慢するのは恥ずべき行為です。
また、うちの子には血統書が無いから…雑種だから…とネガティブに考える必要は一切ありません。
ペットショップやブリーダーの策略に乗ってませんか?
ペットは高い分良いだろうと安易に決めつけるものではありません。
極端に高い・血統書の有無・見た目の良さは所詮売る側の創り出した価値観と、ペットにプレミア感を持たせる為の営業戦略に過ぎません。
その証拠に譲渡型カフェや譲渡会では、予防接種など医療費等必要最低限の金額は必要ですが、生体自体にお金を要求しません。
命の値段が安ければ軽いと思う事自体が価値観の刷り込みなのです。
そもそも血統書って何の意味があるの?
血統書とはそもそも家系図のようなもので、その種類の純血種の繁殖を専門にするブリーダー等、特定の品種にこだわる人の為のものであり、ペット自体の価値等は一切関係がありません。
つまり純血以外のペットしか認めないというのは、人間に例えるなら人種差別をするようなものなのです。
雑種が蔑まれる風潮
まだまだ日本はペットを見た目の美しさや品種の有名さ、珍しさ、肩書の良さで決めてしまう風潮が強いように思います。
無意識に「自分の家のペットは珍しいし高いから凄いんだよ!」と自慢していませんか?
生まれ育ち見た目が良いことに価値の高さを見出す事はもちろん個人の自由ですが、もしもこれが人間相手だったら顰蹙を買ってしまうのは想像に難くないと思います。
手間暇が掛かっているからこその価値?
確かに血統書付きのペットや何らかのコンテストに優勝しているペットはその分だけ人の労力や財産が掛かっているという点においては素晴らしいです。
ですがそれは人間の価値観を動物に押し付けているだけに過ぎず、どこまで突き詰めてもエゴや自己満足であることを忘れてはいけません。